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平和への扉
第11回
3月の平和教育

 戦後60年が経ち、戦争の痛みや悲惨な記憶が風化していく中で、日本は戦争できる国から戦争をする国へと変貌しようとしています。安倍首相のいう「美しい国」は、上意下達、上の命令に対しては文句を言ってはいけない、首相が入ってきたら起立して迎えるような国を目指しているのでしょう。そのうち職員会議で校長さんが入ってきたら、職員が起立をして迎えるような学校になってしまうのではないかと危惧しています。60年前の3月31日教育基本法が施行されました。軍国主義教育の反省から上意下達ではなく、民主的に広く意見を聞きながら教育をしていきましょうと国民みんなが思い、決めたのです。再生会議や中教審の議論をきいていると国や地方公共団体・首長の権限・関与を強めていこうと意思が感じとれます。教育現場にもっとゆとりと自由を与えてくれた方が教育はよくなっていくと思うのですが・・・・・。
 今回で平和教育のコーナーは終わりです。少しでもお役に立てたのなら幸いです。派手でなく地道に日々の実践の中でぜひ平和の大切さを戦争の悲惨さを伝えていただきたいと思います。ありがとうございました。

子どもに伝えたい2月の出来事
3月 1日 ビキニデー(1954)
 1954年3月1日、アメリカは南太平洋ビキニ環礁で、世界最初の水爆実験を行った。そのとき、マグロ漁船第5福竜丸がその近くで操業中、死の灰を浴びた。この第5福竜丸は、広島、長崎につぐ3度目の被爆で、全国民に大きなショックを与えた。これをきっかけに、各地で原水爆禁止運動が盛り上がっていった。
三・一独立運動(万歳事件)1919年
 ソウルのパゴダ公園で朝鮮の青年が、朝鮮国が独立国であること、朝鮮人が自由民であることを宣言。これに呼応して「独立万歳」の歓声が沸き上がった。これをきっかけに、日本の植民地支配に抵抗する運動は朝鮮全土に広まり、参加者総数は200万人にも及んだが、軍隊・警察の力で無惨に弾圧された。
3月10日 東京大空襲(1945)
 1945年3月9日から10日未明に、アメリカのB29による超低空大量無差別爆撃により、東京下町一帯は廃墟と化した。2時間半の間に約10万人の非戦闘員が殺された。
3月25日 ストックホルムアピール(1950)
 ストックホルムで開かれた世界平和擁護者大会の常任委員会総会の決定にもとづき、最初の原水爆禁止署名運動の呼びかけが行われた。これに応えて約5億の署名が集まった。
3月28日 スリーマイル島原発事故(1979)
 アメリカのスリーマイル島原発2号炉で燃料棒が大規模に破損。放射能の大量流出により2日後、妊婦と幼児に対して避難命令が出た。事故の影響が農場や家畜や乳幼児に現れている。
3月31日 教育基本法公布(1947)
2006年12月22日に「改正」された。
 敗戦後、民主的諸改革の一つとして教育制度の改革がすすめられ、内閣直属の教育刷新委員会の審議を経て、この日、教育基本法・学校教育法が公布施行された。この法律は、これまでの軍国主義的な教育に対する反省から、日本国憲法に基づいて民主的平和的教育、国民の教育を受ける権利(機会均等・男女共学)をうたって、戦後の教育のあり方をはっきりと方向づけた。



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