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平和への扉
第7回
11月の平和教育

 教育基本法を改悪しようという動きが加速度的に活発になり、10月末にも衆議院を通過しそうな勢いです。子どもが親を殺したり、働きたくない若者が増えたりしたことが教育基本法のせいにされ、改悪しようとしています。この世の中、社会情勢が人間的でない状況の中で、教育界を変えただけで今の状況が変わるはずがありません。私たち教職員は、学校の中で「お金が一番大事だ、お金を儲けるためには何をしてもよい」などという教育はただの一度足りともしてこなかったはずです。世の中の風潮が、お金を儲けるためには何をしてもよい、会社が儲かるためなら、人間をリストラし、非正規雇用を増やし、偽装請負などの法律違反をしてもよいという風になってしまっています。親がリストラされ、卒業しても非正規雇用でしか雇ってもらえない状況では、働くことに夢を持てといわれても持つことは不可能です。世の中の企業がもう少し労働者を人間らしく扱ってもらわなくては、今の社会状況は変わらないと思います。
 一方、北朝鮮問題で戦争の危機が叫ばれています。党や政府の要職にある人が、日本も核を持つことを議論しなければならないといっています。唯一の被爆国であればこそ、いかなる国の核実験にも反対し、核保有国に核の廃棄を訴えていくことができるはずです。61年前の広島・長崎、第5福竜丸の核実験被爆事故を忘れることなく、核廃絶を訴えていきたいと思います。

子どもに伝えたい11月の出来事
11月 3日 文化の日 日本国憲法公布(1946年)
 1946年11月3日は日本国憲法が公布された日で、文化の日は1948年、国民の祝日に関する法律により制定。紀元節を含むこれまでの祝祭日が廃止され、憲法記念日、文化の日など新しい国民の祝日が決められました。
 旧明治節と同じ日ですが、敗戦後のこの日は新憲法の戦争放棄を記念し、平和への意思を基礎とする「文化をすすめよう」というのが趣旨です。
11月 9日 ベルリンの壁崩壊(1989年)
 1945年5月、ドイツは無条件降伏し、米・英・仏・ソに分割占領されました。1961年東独で経済政策などの失敗から西側への亡命者が急増しました。そのため東独が東西ベルリンの交通を遮断し。「ベルリンの壁」を築きました。そこで壁を乗り越え、東ベルリンから西側へ逃亡しようとして射殺された人も数多く出ました。1989年8月東独市民のハンガリー、オーストリアを経由した西独への大量流出が始まりました。東独国内に民主化を求める市民運動が盛り上がり、11月9日、東独政府は国境を開放。「ベルリンの壁が事実上崩壊しました。翌1990年10月3日に東西ドイツが統一され今日に至っています。
10月24日 非核三原則決議(1971年)
 「核兵器をつくらず、持たず、持ち込ませず」の三原則は実行されているのでしょうか。
 持ち込ませず政策は「核兵器を積載した艦艇は日本や外国の港に入るときはおろさない」という米海軍少将の発言(1974年9月)「核積載艦・航空機の日本領海・領空通過は核持ち込ませず政策に反しないことが、日米領国間で了解できていた」ライシャワー元米駐日大使の証言(1981年5月)にもあるとおり完全に形骸化されています。冒頭で述べたように、これに作り持つことも議論するということになると非核三原則は完全に崩壊してしまいます。






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